概要
例大祭
例大祭のご奉納について、ご説明させていただきます。
出雲大社では毎年5月14,15,16日の3日間行われ、 毎日
午前の部、午後の部、夜の部の3回、奉納が行われます。
奉納場所は、本殿側ではなく、神楽殿側の広場、国旗掲揚棟の近くです。
正式な時間については、後ほどちゃんと確認してお伝えしますが、
午前の部は 9時頃~12時、
午後の部は 13時か14時~16時か17時、
夜の部は 19時か~21時頃
となっています。
但し、出雲大社自体が式典を行なっている時には、 音がかぶるのを防ぐため、神楽奉納は遠慮して行われず中断され、 式典が終わるのを待ってから奉納が再開される、 というルールとなっているようです。
大社本殿の式典は14日の午前9時半頃から12時頃までと、
神楽殿での式典が毎晩7時半頃から約30分程行われます。
なので、第1日目の14日は9時に一段、清目の舞を舞った後は、 そのまま昼まで待機となって、神楽は行われず、 神楽団は何故か楽屋で静かに待機します。
夜の部は、神楽が7時頃から始まるのですが、1段が終わった7時半頃から毎日式典が始まり、 神楽団はまた楽屋で待機します。式典が終わったな、 と確認できると、また神楽のご奉納が始まる、という感じです。
不思議なのですが、あまり厳密に何時から何時、 というわけではなく、 相手の進行のキリのいいところを見計らって、 お互いに被らないように気をつけながらやっているみたいです。
神楽の種類
例大祭
神楽には大きく2種類あり、1つは「七座」といって面をつけずに舞う神楽、もうひとつは「神能」と呼ばれ、面をつけて行われます。
七座は、神能が行われる前に場所を清める意味があります。
陰陽:
東方、南方、西方、北方の4名で舞う神楽。前段では幣串と鈴、後段では剣を用いて四角四面を清め、剣舞とも呼ばれている。
「神能」は、神話をモチーフにした物語が演じられ、「大蛇退治」が最も有名な演目となっています。その他、頻繁に演じられる演目を簡単にご説明します。
大蛇退治:
須佐之男命が簸の川で、稲田姫とその両親が、この娘が大蛇に食われる事になっていると嘆き悲しんでいたので、大蛇を退治しする代わりに、娘を嫁にもらい受けたい、という事になり、大蛇に毒の酒を飲ませて退治して、めでたく稲田姫と結婚する、というお話。
茅の輪:
須佐之男命が、旅の途中で夜が暮れてしまい、雨風が酷かったので、宿を求めました。一件目はお金持ちのコタンショウライの家でしたが、ダメだと断られました。二件目は貧乏なソミンショウライの家でしたが、貧しいながらに快くおもてなしをしました。感謝した須佐之男命は、お礼に茅の輪を授けたのです。後に、疫病が流行り、コタンショウライは一家全滅しましたが、ソミンショウライは茅の輪のお陰で難を逃れ、幸せに暮らしましたとさ。
国譲り:
大国主命が国を平和に収めていたところに、急に天照大神が「地上は私のものだから返してちょうだい」と言い出し、タケミカズチの神が遣わされます。大国主は息子の事代主の神に意見を尋ね、事代主もOKという事になったので、国を譲る事になりました。
しかし、それに不満であったもうひとりの息子であるタケミナカタの神は、タケミカズチの神に勝負をいどむも力およばず、諏訪の国まで逃げて、最後には降参したのでした。
その後、諏訪の地を収める諏訪大明神となり、諏訪大社に祀られています。
注)この演目は途中で、餅播きがあるので、観客が一斉に舞台の前に群がるため、何も見えなくなってしまうという、撮影にとっての欠点があります。
日本武:
ヤマトタケルが東夷成敗をする前に伊勢にいるオバであるヤマト姫に会いに行って、ムラクモの剣と錦袋を授かって、蝦夷を退治するというお話。
以上、簡単ですが、有名どころの演目を解説させて頂きました。
スケジュール
例大祭
例大祭でのスケジュールについて、詳しくご説明させて頂きます。
14日午前9時頃から、神楽の奉納が始まります。
この時、「清目」の舞が行われ、まずは場を清めます。なので、この最初の清目の段はとても重要な意味合いを持ちます。
9時半頃から、本殿にて、例大祭の祭典がにぎにぎしく行われるので、神楽団の本部長はそちらに出席します。この祭典は2時間以上かかり、神楽団は楽屋で静かに待機します。
午前中はそれで終わってしまうので、神楽のご奉納は午後からにすればいいのに?といつも思うのですが、ずっとこうしているようです。
それでフルヤさんの到着するタイミングです。
9時から始まる清目を撮るためには、カメラの設営等の準備があるので、8時半頃迄には到着する必要があります。駐車場に入れなくなったり、カメラの場所取りの問題などもあるので、早く到着するのは良い事ではあります。
しかし、そうなると名古屋を夜中に出発する事になるので、かなり大変なのではないかと察せられます。なので、私としては、午後1時ごろから始まる午後の部からでも良いのではないか?と思っております。
15日は16時に終了するとなると、夜の部の撮影ができず、夜の部は14日だけとなるため、
14日は、午前なしで、午後の部と夜の部、
15日は、午前の部と午後の部で、夜の部なし、
という事になさってはどうかと思っております。
その場合、心配なのは駐車場です。その日、その時間帯の混み具合によっては、神楽殿に一番近い駐車場が満車になる可能性も高いです。その場合、第2駐車場になってしまうので、歩く距離が多くなります。荷物が多い場合は、ちょっと大変かも、です。が、逆に朝の参拝者達が帰るので、すんなり駐車できる可能性もあります。
次にカメラの設定の位置の問題です。
私はいつも最前列に陣取るのですが、その場合、人が撮影しているのに、平気で前を横切るやからがいて、映像を台無しにします。
特に餅播きのある「国譲り」の段は最悪で、みなさん、餅が欲しくて舞台の前に群がるので、人のお尻しか映らなくなります。餅播きが終わっても、また撒くのかも?と期待するのか、その場で立ったまま神楽を見ているので、餅播きの後は、撮影不能状態となります。
それで、神楽コレクションの前下さんは、神楽殿の近くから高めにカメラを設置して、望遠で舞台だけを撮影しておられました。こうすると舞台だけを撮る事ができて、うまく行くと言っておられました。
15日の10時頃は、毎回、恒例で、近所の幼稚園児が団体で神楽を見に来ます。いつも大蛇退治です。その時は舞台の前にブルーシートを敷き詰めて、子供達が靴を脱いで、お行儀よく座ります。が、就学前の幼い子供達なので、毎回、大蛇が怖くて泣き出す子供、途中でトイレに行きたくなってしまう子供などが出てしまうので、てんてこ舞いになりながら、なんとか子供達が最後まで静かに演目を見てくれるよう指導する先生達の姿は、神的です。
夜の部は、暗くなるので、どうやって撮影するのかわかりませんが、私が一番大好きなのがこれなので、是非とも、撮影して頂きたいです。観客が殆どいないため、すごく神秘的で、「神様にご奉納をしているんだから観客なんて関係ないんだ!」と、気が付かされる瞬間です。
7時頃から始まるのですが、一段舞った後、7時半頃から神楽殿で祭典が始まるので、神楽団が待機となり、8時頃から2段目が再開します。夜はだいたいいつも2段で終了です。
以上、細かい点でしたが、情報として予め知っておいた方が良いかと思いました。
連休神楽
例大祭
例大祭と連休神楽の違いをご説明させて頂きます。
例大祭というのは出雲大社にとって年間で最も重要な祀事です。どこの神社にも年に一度、決まった日に例大祭が執り行われます。
この重要な祀事の時、3日3晩、120年以上、出雲大社教神楽本部として、ご奉納を続けて来たのが山王寺和野の神楽団です。
神楽殿の敷地内で神楽殿に向かって舞台を設置して、神様に向かってご奉納をします。
一方、連休神楽はゴールデンウイーク中に参拝者が増えるので、お参りの雰囲気を盛り上げるため、参拝者へのサービスとして、毎日、各社中が日替わりでご奉納をします。
出雲大社のホームページが更新されないので、上記は2~3年前のかなり古い情報です。
このページでは夜神楽も合わせて10社が出ていますが、今年は、27日の都神楽、5日の伊野神楽、6日の見々久神楽の3社が抜かされ、7社のみでした。
これはゴールデンウイークの休日がどんな感じになるかによって決まるようで、今年は4月29日に山王寺がやった後、30日は無しで、5月1日~6日まで連日で行われました。連休中の参拝者の数は凄まじく、参道を行列になって行進しているかのように切れ目なく参拝者が来ていて驚きました。
連休神楽の時は、神楽殿ではなく、松の参道の右上あたりにある広場にステージが設置され、本堂に向かって参道を歩いてお参りしようとする参拝者達の目に留まり、立ち止まって見学したり、撮影したりし、演目が終わると参拝に向かう、という感じになります。
つまり、敷地の外の広場で日替わりでやる連休神楽と、神楽殿の目前で3日3晩1社だけで務める例大祭とでは、格が違うのです。
山王寺和野には2つの名前があり、もう一つは「出雲大社教神代神楽本部」で、4月29日が和野社中の事です。
本部に対して支部が3社あり、各社少しずつ違うのですが、小河内、西日登、佐世社中と、神主神楽の4社の神楽が、山王寺の神楽と似ています。なので、人手が足らない時にお手伝いをお願いしあう事ができるわけです。(神主神楽を除く)
私は今年の連休は、ずっと張り付いてすべての連休神楽を見たのですが、支部以外の神楽はあまりに違い過ぎて、一緒にやる事は不可能だという事がわかりました。
最低10人はいないとちゃんとした演目ができないのですが、山王寺はもともと10人しかいないところ、4月に1名が亡くなり、1名は仕事で出演できなかったらしく、8人しかいないところ、さらに1名がヒザを痛めて激しい演目を舞う事ができなくなり、他の社中から3人ほどお手伝いの人達が来ていましたが、今年の連休神楽はかなり悲惨な状態が見て取れました。
支部の神楽をじっくりと見たのは初めてでしたが、そんな悲惨な状態であっても、完成品としての山王寺の神楽がダントツで素晴らしく、なぜ山王寺が120年間、本部として君臨して来たのかが、はっきりとわかったのでした。
支部の中で一番上手なのが西日登で、若い人達が増えているし、しっかり練習もやってあって素晴らしかったです。恐らくちゃんとやらない本部に対して不満を持っていて、あわよくば本部の座を奪いたいと密かに思っているのではないかとすら思いました。
佐世も若い人の人数が増えているのですが、女性が多く頑張ってはおられますが、女性が多いとどうしてもアットホームな感じになってしまうので、西日登のような力強くダイナミックな感じではありません。
小河内も若い人の人数が増えているのですが、最も山王寺と仲が良いので、自分たちは支部でいい、と思っているのか、迫力に欠けます。
神主神楽は神主でないとやれないので、一緒にやるのは、ちょっと論外となります。
山王寺の本部がダメになった時、西日登が代わりに本部を務める、という事にはならないのだそうで、今、副本部となっている、別の地域にある神楽団が本部になる事になるのだそうです。
なので、西日登にとっても、本部を支える事にはメリットがある、というわけなのです。
西日登の団長さんとは恩田さんの葬儀の際にお会いして以来ですが、懇意にさせて頂いており、私の活動を応援して下さっています。
撮影許可
例大祭
撮影の許可と、SNSでの掲載については、もともと私個人で申請してありました。私が毎日、連休神楽で撮影をしていたのを大社の方は見ておられましたが、何もお咎めを受けなかったので、大丈夫だと思います。
今回、新しい申請としてではなく、「連休神楽で自分で撮影したら、あまりにも下手だったので、お友達のプロの方が助っ人に来て下さる事になりました」という、追加申請、という感じで申請しておきました。
山王寺の人達にも、映画の話は一切せず、皆さんが元気なうちに映像に残しておきたい私の思いを理解してほしい、という事で、気持ちよく許可を頂いてあります。
大社側にも、山王寺が快諾してくれている旨も伝えてありますので、申請の件については大丈夫だと思います。
「大丈夫だと思います。」というのは、最初の段階で、「許可のお願いと、連休神楽のスケジュールについて教えて欲しい」という内容で申請した際、
「撮影してもいいですよ」というはっきりとした返事はなかったのですが、神楽のスケジュールについては詳しく回答してくれたので、「承諾してもらったとみなした」と私が思っているわけです。
ちゃんと回答はしてくれない場合、私は「ダメと言って来ないので、ダメじゃないのね」という事で、自分の好きに進める、というやり方を採用しております。
出雲大社は特に対応が悪く、ちゃんと返事を返して来ないのが特徴です。
まあ、もし何か言われたら、責任はすべて私が取りますので、ご安心下さい。